そして須磨・沼島 [旅]
夫は仕事があるため熊本から直接帰京しましたが、私と息子は、伯父・伯母のいる神戸に寄りました。神戸の伯母のところには、大好きな「すまうら文庫」があります。本好きの息子をぜひ連れてきたかったところ。「すまうら文庫」に関しては、前回出張帰りに訪問した時の記事がこちらにあります。
豪雨のため新幹線が遅れ、夜の到着になってしまったのですが、なんと文庫にお布団を敷いて泊まらせていただくことに!息子の目が輝きます。
普段は、9時半には寝るのですが、この日だけは特別。11時ごろまで読書を堪能していました。本に囲まれて寝る幸せ。もちろん阪神淡路大震災の経験がありますからお布団を敷くのは、広い部屋の真ん中!なんという贅沢。
船を模した文庫の中。
あっちにも
こっちにも
懐かしい本がたくさん
もちろん絵本も・・・現在蔵書は4000冊ほどあるそうです。
翌日は、本に囲まれながら終わっていない宿題の読書感想文を書いたり(斎藤惇夫の「冒険者たち」をセレクト)、すぐ近くの須磨海浜水族館に行ったり。
夜は、近所のお姉さんたちとご馳走をいただき、その後おうちでパズル。意外と有名らしいのですが、私は初めて見ました、ジガゾーパズル。箱の中に入っているのは、2色のグラデーションのピースがたくさん。自分の写真を撮って送ると、「設計図」が送られて来て、これの通りにピースを組み合わせると、あらびっくり!自分の顔が現れるのです~。
こちら、息子の顔。かなり雰囲気出ています。
翌日は、朝からもう一つのお楽しみ、沼島(ぬしま)へ。
沼島は、神々が作りだした最初の島との伝説もある、淡路島の南に位置する小さな島です。Wikipediaによると面積2.71km2、人口は500余人だそうで、以前に島田伸介さんがここを舞台に花嫁探しの企画をされていることを覚えていらっしゃる方もあるかもしれません。伯父がここに持つログハウスでお泊まり。
まずは、明石海峡大橋を渡って淡路島へ。淡路島は、玉ねぎの名産地。
淡路島を縦断した後、沼島へは、こんな船に乗って渡って行きます。
蜘蛛の巣を払いながら、トトロの出て来そうな小径を抜けると、
そこにログハウスが。
晩のおかずは、自分たちで釣ります。
息子初めての釣り。こんな小さなアジならいくらでも。
太刀魚は、夜に釣ります。水族館と、スーパーの切り身以外では初めて見る太刀魚。私は、充分大きい!と思ったのですが、伯父は納得のいかない小ささだったようです。
静かな夕暮れ。最高に贅沢な夜を過ごしました。
・・・・・
今年の夏は、本当に夏らしく息子と堪能しました。遊びも、宿題も(笑)。
明日から新学期も始まります。私もまたがっつり仕事モードに戻ることにしましょう!
普段は、9時半には寝るのですが、この日だけは特別。11時ごろまで読書を堪能していました。本に囲まれて寝る幸せ。もちろん阪神淡路大震災の経験がありますからお布団を敷くのは、広い部屋の真ん中!なんという贅沢。
翌日は、本に囲まれながら終わっていない宿題の読書感想文を書いたり(斎藤惇夫の「冒険者たち」をセレクト)、すぐ近くの須磨海浜水族館に行ったり。
夜は、近所のお姉さんたちとご馳走をいただき、その後おうちでパズル。意外と有名らしいのですが、私は初めて見ました、ジガゾーパズル。箱の中に入っているのは、2色のグラデーションのピースがたくさん。自分の写真を撮って送ると、「設計図」が送られて来て、これの通りにピースを組み合わせると、あらびっくり!自分の顔が現れるのです~。
翌日は、朝からもう一つのお楽しみ、沼島(ぬしま)へ。・・・・・
今年の夏は、本当に夏らしく息子と堪能しました。遊びも、宿題も(笑)。
明日から新学期も始まります。私もまたがっつり仕事モードに戻ることにしましょう!
8月23-26日 九州 [旅]
しばらくネットにアクセスをできない状態にいました。不義理をしてしまったみなさん、ごめんなさい。
たった3泊だけですが、家族で九州に行ってきました。別府から湯布院を経て阿蘇、熊本と。
私たちは、早くに結婚をしたのですが、なかなか子が授かりませんでした。息子を妊娠する前の夏に行ったのが別府と湯布院。今回は駆け足でしたが、大きくなった息子と回るのも、また感慨深いものでした。
別府の町は、遠くから見てもあらゆるところから湯気が立っているのが見えるような温泉街。ここで、息子念願の「地獄めぐり」。おどろおどろしい名前ではありますが、地球の胎動が見られるような場所でもあります。鉱物の織りなす不思議に感嘆。
こちらは、坊主地獄。粘土質の池がぼこっ、ぼこっ、と沸騰しています。落ちたら熱そう~~!!
地熱を利用して咲かせた蓮の花は、素晴らしくよい香り。
こちらも地熱を利用したワニの飼育。ひっ~~!
元ドリンクの自販機。ちょっと魅力的じゃない?
10年前と比較して、韓国からの観光の方が多く驚きました。
湯布院ではレンタサイクルを借りて町巡り。お昼に寄ったのはマクロビオティックレストラン(マクロじゃないものも食べられます)「田舎の日曜日」。御馳走続きになりがちな旅行中に、ほっとできるお味でした。
その後all the way to 阿蘇。「火の国」のイメージが強い熊本県ですが、こんなにも水が豊かなところでもある、ということを、今回初めて知りました。
溢れる緑と清らかな水、そして涼しい風にノックアウトされました。
カルデラに残された湖、草千里。
白川水源。毎分60トンの水が湧き出しているそうです。写真ではその魅力の10分の1もお伝えできないのが残念。
こちらは、毎分2トンの神明水源。
阿蘇神社の周辺では、各家庭の湧水を汲ませていただけるようになっています。水基(みずき)巡り。飲み比べるとそれぞれ少しずつ違って、自分のお気に入りを見つけられるところが楽しい。息子のお気に入りは「やすらぎの泉」、私は「菓恋水」、夫は「金脈の泉」(!!)
阿蘇神社近くにある、元同僚の御実家も訪ねてみました。突然の訪問失礼しました~
阿蘇でのお宿ZENZO。古い建物をモダンにリメイクした落ち着ける場所です。
囲炉裏端で食べるとれたて生野菜バイキングが魅力的でした。
最終日は、歴史好きの息子の強い希望により、熊本城を散策。
本丸厨房でいただいた、本丸御膳(昔の大名料理を再現したもの)は、なかなか面白く、美味しかったです(要予約)。
見事な石垣と武者返し。
簡単ですが、今回の旅行記・・・ほとんど備忘録ですが、ご容赦ください。
たった3泊だけですが、家族で九州に行ってきました。別府から湯布院を経て阿蘇、熊本と。
私たちは、早くに結婚をしたのですが、なかなか子が授かりませんでした。息子を妊娠する前の夏に行ったのが別府と湯布院。今回は駆け足でしたが、大きくなった息子と回るのも、また感慨深いものでした。
別府の町は、遠くから見てもあらゆるところから湯気が立っているのが見えるような温泉街。ここで、息子念願の「地獄めぐり」。おどろおどろしい名前ではありますが、地球の胎動が見られるような場所でもあります。鉱物の織りなす不思議に感嘆。
10年前と比較して、韓国からの観光の方が多く驚きました。
その後all the way to 阿蘇。「火の国」のイメージが強い熊本県ですが、こんなにも水が豊かなところでもある、ということを、今回初めて知りました。
溢れる緑と清らかな水、そして涼しい風にノックアウトされました。
阿蘇神社近くにある、元同僚の御実家も訪ねてみました。突然の訪問失礼しました~
阿蘇でのお宿ZENZO。古い建物をモダンにリメイクした落ち着ける場所です。
簡単ですが、今回の旅行記・・・ほとんど備忘録ですが、ご容赦ください。
私たちの富士登山 [暮らし]
今年も、ホールアース自然学校「森のようちえん」シリーズ卒業生仲間で、富士登山にチャレンジしました。
さまざまな思いのあった去年の記事はこちら。
ゴルゴから企画立ち上げのメールが来たのは、6月上旬。今回はシーズン真っただ中の8月20日決行とのこと。そして登山口は富士宮口。
充分に吟味し、話し合い、今年は家族3人でチャレンジすることにしました。
昨年の経験もあり、どうやら登山向きだと分かった夫はまず大丈夫でしょう。そして、毎週ハードなラグビーの練習をこなし、夫の体質を受け継いでいる息子も3年生ながらきっと頑張れる。問題は、人間気圧計かと思うほどに、気圧の変動に弱く、すぐに頭痛でダウンしてしまう私。
でも、私にもどうしてもチャレンジしたかった理由があります。それは、願掛けのような想い。
1つは、2月に大きな手術をし、現在もリハビリ病院に入院中の父の回復を願って。
そして、もう1つは、いまだ先の見えない原子力発電所の収束と、子どもたちの健やかな未来、もっと直接的に言うと綺麗な環境と原子力に頼らない社会への祈りを込めて。
登るからには、私にも、他のメンバーに迷惑をかけたくない、という強い思いやプライドがあります。
「才能のない人は、努力で補う」が私の信念。途中で断念せざるを得ないかもしれないけれど、できる限りのことをしてみよう、と自分なりに努力をしてみました。
お風呂の前に冷房のない自宅の階段を50往復したり、時間をみつけては市民プールで2000メートル程度泳いだり、身体の使い方を学ぶためのトレーニングを受けたり、呼吸法の練習を行ったり・・・。
きちんとした眠りを取ることが大切だとはわかってはいましたが、集合の前日は、緊張のあまりなかなか寝付くことができませんでした。
さて、いよいよ集合(登山前日)の金曜日。あいにくのお天気・・・というより、雷警報の発令される大変な悪天候。
当初予定されていた木こり体験は中止となり、かわりに焼き杉のクラフト。
翌日の天気予報もあまり芳しくはありませんが、それでも、最終的なルートと持ち物の確認をし、ストレッチをしながら気持ちを高め、早めの就寝。
登山当日の20日は、4時半起床、5時に出発(少し遅れましたが)、もう一人同行してくれるスタッフと合流し、始発のバスで5合目まで。
けっして「富士登山日和」とは言えない小雨の降る中、そして、とても8月とは思えない肌寒い中での出発です(この日は、東京でもかなりの肌寒さだったそうですね)。
小学校2年から5年の児童8名と、親7名、スタッフ2名。レインウェアを着ると普段より幼く見える小さい人たちですが、一人一人真剣な面持ちです。
登り口で、ゴルゴと警備の方の会話を偶然耳にしてしまった私「この天気の中での登頂は無理でしょう。まあ、○合目までですね(←私にはよく聞こえなかったのですが、ゴルゴ曰く、新6合目と言われたそう)」。
登り始めてすぐに、ホールアース自然学校の方たちとすれ違いました。大人のツアーでしたが悪天候のため、新7合目(ちなみに、富士宮登山道は、下から新5合目、新6合目、旧6合目、新7合目、元祖7合目、8合目、9合目、9合5勺、山頂となっています)で断念し引き返してきたそうです。こちらにその記録。
すれ違う下山の方は、ほとんどみなさん悪天候のため7合目か8合目で引き返してきたとのこと。それでも、「森のようちえん」ファミリーには、長い間かけて育てた気持ちと体力があります。そしてもちろん頼れるリーダーも。降ったりやんだりの雨と、体温、体力を容赦なく奪って行く風。その中を一歩一歩進んで行きます。森や洞窟を歩いたり、お百姓仕事でやってきたことは、全部子どもたちの身についていると感じました。
ホールアース自然学校の皆さんが引き返した新7合目は余裕で通過。
元祖7合目は、標高3010メートル。このあたりから、疲労の見えてくる人たちも。余裕のある大人は、食べさせたり、酸素を吸わせたり、衣服をチェックしてやったり、他の子たちの世話にも回ります。私にとっては初の3000メートル超えですが、恐れていた高山病の症状は、なし。
延々登り続ける。青いウェアに黄色いリュックが息子です。
一瞬の晴れ間(とは言っても曇り空)。これが一番見通しのよかった写真、こんなに人がいたんだ!。
そして雨。
8合目。標高3250メートルは、日本で2番目に高い南アルプスの北岳(標高3193メートル)よりも高い位置になります。息子はまだまだこの余裕。
しかし、もともと遮るものがなく風が強い富士山の、8合目より上はさらに風が急に強くなると言われています。そして一足先にチェックに行ったゴルゴたちの判断。「ここより先は、一段と風が強くなり、これまでのように、時折止むこともなくなります。今見て来ましたが少し危険な状況なので、今回は、残念ながら登頂は厳しいかもしれません。それでも、もう少し先に行きたいですか?」。全員「行きたい」と挙手。全員固まって行くと約束をし、さらに上へ。
この鳥居から先は、霊峰富士の中でも神様の領域だそうです。地図上でも、県境の線が切れており、静岡県でも山梨県でもありません。厳粛な気持ちで、失礼します・・・(しかし、すぐそこにある鳥居は、この程度しか見えないお天気です)。
もう、ここから先は、あまり長くは登れないだろう、と頭にもあったので、神様の領域は私自身の二つの祈りを込めて一歩一歩大切に登りました。
鳥居を過ぎて少ししたころ、今までよりさらに風の強い地点に到着。うっかりすると、大人でもふらつきそうな感じ。ここで、ゴルゴの勇気ある宣言。「ここから先は、どんどん風も強くなるばかり。もう、みんな、3200メートル地点は超えたし、私ともう一人のガイドさんの二人だったとしても、ここで引き返します(←もちろん、体力的、実力的にはそんなことはないと思いますが、さりげない心遣いに感謝です)。私は、他のツアーでもガイドの仕事をしていますが、今日のこの状況であれば、100%途中で引き返します。」みんなの顔に走る、残念そうな表情と、そして少しのホッとした感。ただ「危険なので引き返します」と言われても、納得がいかないであろう子どもたち(そして大人たち)。危険のない範囲でこの強風を感じさせ、自ら判断できるよう、仕向けてくれたのは、本当に名ガイドだと思いました。
最年少の2年生の女の子は、途中辛くなって残念ながら下山しましたが(後から聞くと、なんと飴を喉に詰まらせて苦しかったそうです・・・笑。頑張り屋の明るく愉快な女の子)、それ以外は、元気な子も、辛かった子も含めて、よくここまで頑張りました。
雨、風が弱くなった合間を縫っての記念撮影(それでもこれ)。
登りも下りも、息子はしっかりとした足取りで、着実に大地を踏みしめていました。そして、昨年のこともあるから、恐らく登頂できずにとても残念だったろうけれど、ゴルゴの決断に一つも文句を言うこともなく、後から泣きごとを言うこともありませんでした。まだまだ肩幅など狭く、リュックが両肩からずり落ちそうな後ろ姿ですが、本当に頼もしく成長したと思いました。
私自身の個人的なことを言えば、少しずつでも重ねて来たトレーニングのおかげか、高揚感のおかげか、体力的なことで言えば全く辛いところはなく、恐れていた頭痛もありませんでした。あの厳しい条件の中で、8合目超まで登ることができ、小さい人たちにも目を配る余裕があったことが、とても嬉しく感じられました。
宿に戻ったら、ありっちょ率いる宝永火口探検隊と途中で引き返した父子で、バーベキューの準備を整えてくれていました。感謝、感謝です。
親ばかだけれど、まだまだ余力はあったし、ここには書かないたくさんのことを我慢した息子には、本当に登頂させてやりたかった。だけれど、自然に向かい合う、というのは、こういうことでもあります。私たちの今年の富士登山は、8合目超で終了です。残念だけれど、悔いは残りません。下山後、なんと息子が近寄ってきて、「よく頑張りました」と私の頭を撫でてくれました(涙)。
さまざまな思いのあった去年の記事はこちら。
ゴルゴから企画立ち上げのメールが来たのは、6月上旬。今回はシーズン真っただ中の8月20日決行とのこと。そして登山口は富士宮口。
充分に吟味し、話し合い、今年は家族3人でチャレンジすることにしました。
昨年の経験もあり、どうやら登山向きだと分かった夫はまず大丈夫でしょう。そして、毎週ハードなラグビーの練習をこなし、夫の体質を受け継いでいる息子も3年生ながらきっと頑張れる。問題は、人間気圧計かと思うほどに、気圧の変動に弱く、すぐに頭痛でダウンしてしまう私。
でも、私にもどうしてもチャレンジしたかった理由があります。それは、願掛けのような想い。
1つは、2月に大きな手術をし、現在もリハビリ病院に入院中の父の回復を願って。
そして、もう1つは、いまだ先の見えない原子力発電所の収束と、子どもたちの健やかな未来、もっと直接的に言うと綺麗な環境と原子力に頼らない社会への祈りを込めて。
登るからには、私にも、他のメンバーに迷惑をかけたくない、という強い思いやプライドがあります。
「才能のない人は、努力で補う」が私の信念。途中で断念せざるを得ないかもしれないけれど、できる限りのことをしてみよう、と自分なりに努力をしてみました。
お風呂の前に冷房のない自宅の階段を50往復したり、時間をみつけては市民プールで2000メートル程度泳いだり、身体の使い方を学ぶためのトレーニングを受けたり、呼吸法の練習を行ったり・・・。
きちんとした眠りを取ることが大切だとはわかってはいましたが、集合の前日は、緊張のあまりなかなか寝付くことができませんでした。
さて、いよいよ集合(登山前日)の金曜日。あいにくのお天気・・・というより、雷警報の発令される大変な悪天候。
翌日の天気予報もあまり芳しくはありませんが、それでも、最終的なルートと持ち物の確認をし、ストレッチをしながら気持ちを高め、早めの就寝。
登山当日の20日は、4時半起床、5時に出発(少し遅れましたが)、もう一人同行してくれるスタッフと合流し、始発のバスで5合目まで。
けっして「富士登山日和」とは言えない小雨の降る中、そして、とても8月とは思えない肌寒い中での出発です(この日は、東京でもかなりの肌寒さだったそうですね)。
登り口で、ゴルゴと警備の方の会話を偶然耳にしてしまった私「この天気の中での登頂は無理でしょう。まあ、○合目までですね(←私にはよく聞こえなかったのですが、ゴルゴ曰く、新6合目と言われたそう)」。
登り始めてすぐに、ホールアース自然学校の方たちとすれ違いました。大人のツアーでしたが悪天候のため、新7合目(ちなみに、富士宮登山道は、下から新5合目、新6合目、旧6合目、新7合目、元祖7合目、8合目、9合目、9合5勺、山頂となっています)で断念し引き返してきたそうです。こちらにその記録。
すれ違う下山の方は、ほとんどみなさん悪天候のため7合目か8合目で引き返してきたとのこと。それでも、「森のようちえん」ファミリーには、長い間かけて育てた気持ちと体力があります。そしてもちろん頼れるリーダーも。降ったりやんだりの雨と、体温、体力を容赦なく奪って行く風。その中を一歩一歩進んで行きます。森や洞窟を歩いたり、お百姓仕事でやってきたことは、全部子どもたちの身についていると感じました。
ホールアース自然学校の皆さんが引き返した新7合目は余裕で通過。
元祖7合目は、標高3010メートル。このあたりから、疲労の見えてくる人たちも。余裕のある大人は、食べさせたり、酸素を吸わせたり、衣服をチェックしてやったり、他の子たちの世話にも回ります。私にとっては初の3000メートル超えですが、恐れていた高山病の症状は、なし。
8合目。標高3250メートルは、日本で2番目に高い南アルプスの北岳(標高3193メートル)よりも高い位置になります。息子はまだまだこの余裕。しかし、もともと遮るものがなく風が強い富士山の、8合目より上はさらに風が急に強くなると言われています。そして一足先にチェックに行ったゴルゴたちの判断。「ここより先は、一段と風が強くなり、これまでのように、時折止むこともなくなります。今見て来ましたが少し危険な状況なので、今回は、残念ながら登頂は厳しいかもしれません。それでも、もう少し先に行きたいですか?」。全員「行きたい」と挙手。全員固まって行くと約束をし、さらに上へ。
この鳥居から先は、霊峰富士の中でも神様の領域だそうです。地図上でも、県境の線が切れており、静岡県でも山梨県でもありません。厳粛な気持ちで、失礼します・・・(しかし、すぐそこにある鳥居は、この程度しか見えないお天気です)。もう、ここから先は、あまり長くは登れないだろう、と頭にもあったので、神様の領域は私自身の二つの祈りを込めて一歩一歩大切に登りました。
鳥居を過ぎて少ししたころ、今までよりさらに風の強い地点に到着。うっかりすると、大人でもふらつきそうな感じ。ここで、ゴルゴの勇気ある宣言。「ここから先は、どんどん風も強くなるばかり。もう、みんな、3200メートル地点は超えたし、私ともう一人のガイドさんの二人だったとしても、ここで引き返します(←もちろん、体力的、実力的にはそんなことはないと思いますが、さりげない心遣いに感謝です)。私は、他のツアーでもガイドの仕事をしていますが、今日のこの状況であれば、100%途中で引き返します。」みんなの顔に走る、残念そうな表情と、そして少しのホッとした感。ただ「危険なので引き返します」と言われても、納得がいかないであろう子どもたち(そして大人たち)。危険のない範囲でこの強風を感じさせ、自ら判断できるよう、仕向けてくれたのは、本当に名ガイドだと思いました。
最年少の2年生の女の子は、途中辛くなって残念ながら下山しましたが(後から聞くと、なんと飴を喉に詰まらせて苦しかったそうです・・・笑。頑張り屋の明るく愉快な女の子)、それ以外は、元気な子も、辛かった子も含めて、よくここまで頑張りました。
登りも下りも、息子はしっかりとした足取りで、着実に大地を踏みしめていました。そして、昨年のこともあるから、恐らく登頂できずにとても残念だったろうけれど、ゴルゴの決断に一つも文句を言うこともなく、後から泣きごとを言うこともありませんでした。まだまだ肩幅など狭く、リュックが両肩からずり落ちそうな後ろ姿ですが、本当に頼もしく成長したと思いました。
私自身の個人的なことを言えば、少しずつでも重ねて来たトレーニングのおかげか、高揚感のおかげか、体力的なことで言えば全く辛いところはなく、恐れていた頭痛もありませんでした。あの厳しい条件の中で、8合目超まで登ることができ、小さい人たちにも目を配る余裕があったことが、とても嬉しく感じられました。
宿に戻ったら、ありっちょ率いる宝永火口探検隊と途中で引き返した父子で、バーベキューの準備を整えてくれていました。感謝、感謝です。
親ばかだけれど、まだまだ余力はあったし、ここには書かないたくさんのことを我慢した息子には、本当に登頂させてやりたかった。だけれど、自然に向かい合う、というのは、こういうことでもあります。私たちの今年の富士登山は、8合目超で終了です。残念だけれど、悔いは残りません。下山後、なんと息子が近寄ってきて、「よく頑張りました」と私の頭を撫でてくれました(涙)。
Takimoto Guest House [旅]
息子が4歳~小学校1年生にかけて毎月のように通っていたホールアース自然学校で数回お世話になった友人きいこが、パートナーのジェイミーと奥多摩に築250年の民家を借りて住んでいる、とのことで遊びに行ってきました。
この企画、私の「家庭でできるお手当て講座」にきいこが参加してくれて、同じく参加者であった地元友人と盛り上がってできたもの。
息子の小学校の仲間7名(1年生1名、3年生4名、5年生2名)と父1名、母4名の総勢12名。なかなかの大所帯ですが、昔から本家であり、「御師の家」として御岳山の登山客や参拝客の休憩や宿泊を担っていたというこの家には、余裕で泊まれるとのこと。
カエルさんがお出迎え
町田からたったの2時間で、こんなに緑あふれる場所に着きます。
いずれ「カフェにしたい」というお蔵も併設。
標高はおよそ600メートル、すぐ横に滝本川が流れるこの家には、涼やかな風が吹いています。小さい人たちは、すぐに思い思いの場所へ。

川を探検する人、筏を作る人、釣りをする人、沢ガニを捕まえる人、秘密基地を作る人、ハイキングに行く人、キャッチボールをする人・・・
ダムを造る人
仲良しドラム缶風呂
その間母たちはのんびりおしゃべりをしたり、お料理をしたり、手仕事をしたり・・・
仲間の一人は、染色・織物の芸術家さん。草木染めの毛糸と、野の草を織りこんでいます。
流木を使ってささっと手早く織り機の枠をつくってくれました。
「虹染め」という方法で染めた羊毛を編み込んで行くと、こんなに素敵な作品に。
流しそうめんをしたり

畑の恵みや
ウコッケイからのプレゼントをいただいたり
夜は、たくさんある珍しい楽器で大音楽会に。
ジャンべ(アフリカの太鼓)に群がる小さい人たち
こちらは、ディジリデュ(オーストラリア原住民の巨大笛?)部隊
そして、パチカ(アフリカのマラカスのような打楽器)
町田からたったの2時間でこんなに豊かな時間をいただけて、たくさんのご縁と恵みに感謝です。
この企画、私の「家庭でできるお手当て講座」にきいこが参加してくれて、同じく参加者であった地元友人と盛り上がってできたもの。
息子の小学校の仲間7名(1年生1名、3年生4名、5年生2名)と父1名、母4名の総勢12名。なかなかの大所帯ですが、昔から本家であり、「御師の家」として御岳山の登山客や参拝客の休憩や宿泊を担っていたというこの家には、余裕で泊まれるとのこと。
標高はおよそ600メートル、すぐ横に滝本川が流れるこの家には、涼やかな風が吹いています。小さい人たちは、すぐに思い思いの場所へ。
その間母たちはのんびりおしゃべりをしたり、お料理をしたり、手仕事をしたり・・・
流木を使ってささっと手早く織り機の枠をつくってくれました。
「虹染め」という方法で染めた羊毛を編み込んで行くと、こんなに素敵な作品に。夜は、たくさんある珍しい楽器で大音楽会に。
里山長屋でアプローチ作り [暮らし]
前回訪問させていただいた時の記事は、こちら。
長屋は既に完成し、4家族の皆さんは、生活を始められています。今回は、枕木(正確には、枕木風に切ったアカマツの角材だそうです)でアプローチを作るお手伝い。
最近はさまざまなメディアに登場することも多く、すっかり有名になった里山長屋ですから、私たちの方では、もう住人の皆さんともすごく親しいような気になってしまうのですが、長屋の皆さんにとっての私たちはone of themのはず。
にも関わらず、とても温かく、旧知の友人のように迎えて下さるこの空気は、本当に素晴らしく、今回も居心地よく過ごさせていただきました。
この夏は、あるプロジェクトに向けてかなり身体を動かしている私たちなので、知らない間に以前よりは体力がついていたのかもしれません。
さらには、強豪野球部マネージャーのごとく、きっちり時間管理をして、水分補給をさせてくださった恵里奈ちゃんの尽力もあり、暑い中でしたが、楽しんで作業することができました。
私は、角材に防腐剤を塗るところと、土を運んだり詰めたりするところを担当したり、昼食隊のお手伝いに入ったり。
暑いは暑いのですが、東京で暑いのとは違い、木々の間を抜けてくる風は美味しくて、黙々と作業をするのは、楽しいです。
里山長屋のブログにも、愛ちゃんの詳しい報告があります。
夜は、渋滞を避けるため、山田家、小林家と一緒に東尾垂の湯へ。とてもいいお湯と、美味しくヘルシーなごはんをいただきました。
里山長屋のみなさん、今回も楽しい時間をありがとうございました~☆
夏休み前半の近況 [暮らし]
気がつけば、ブログもほとんど更新しないまま、8月も中旬まで来てしまいました。あまりに暑くて、冷房のない我が家で、発熱しているノートパソコンに長時間向かう気力が起きないのです・・・
でも、日々、活動的に出掛けたり、息子と過ごしたりしています。
(写真は、地元のお祭りでのすいか割り。ビニールボールのすいかに見事当たると、お土産に小さな本物すいかがいただけます)
7月に簗田寺(りょうでんじ)で行われた、長岡式酵素玄米の講習を受けて来ました。道具を全て揃えることはまだ出来ていませんが、自分なりに工夫して、モドキのもっちり消化のよい玄米を楽しんでいます。
そして、小学校時代からの親友と、その長岡式酵素玄米を食べさせて下さる看板のないお店、「こがわ」さんにもお邪魔させていただきました。住宅街の中にある、一軒家には、素敵なアンティークの日本家具。美しい器に盛られたお食事は、見た目もお味も素晴らしいものでした(携帯しかなかったので、写真がうまく撮れず残念!)。
普段私がマクロビオティックでお世話になっているのは、リマ・クッキングスクールですが、そこの友人に誘われ、クシ・マクロビオティックアカデミィで行われた、ナカジさん@寺田本家の麹教室に行ってきました。麹を使った美味しい野菜料理を教わり、最近関心を持っている酵素学に関しても、整理することができました。
8月1日には、代々木のオリンピックセンターで行われた、「子どもたちを放射能から守る全国ネットワーク(通称子ども全国ネット)」のミーティングに参加しました。午前中は、すでに様々な方面で活動されている方々のお話を聞き、午後は、それぞれの関心事や地域に分かれて具体的なアクションプランなどについての話し合い。311を境に変わってしまった世界、この中で、どうやって次世代を守り、生き抜いて行くのか、みなさん熱く、真剣に考えていることに勇気をいただきました。
8月4日には、息子はじめてのピアノ発表会。私は、とにかく発表会が恐怖で嫌いな子だったのですが、息子は、緊張しながらも楽しんでいたようです。曲目は、「インディアンの踊り」と「スワビア民謡」。町田市では、子どもたちがさまざまな体験が出来るイベントがたくさん企画されています。その中の一つ、リサイクル文化センターで行われた「ハチドリ教室」にも参加しました。南米の先住民族に伝わるお話「ハチドリのひとしずく」のお話を聞き、地球温暖化を防ぐために、一人ひとりに何ができるだろう、ということを考える企画。変身ボックスなるものが登場し、剪定枝を入れた息子は、カブトムシをいただいてきました。
午後は、布草履作り。ほぼ一人でこんなに立派にできました。
山頂のかき氷が美味しかった!夏休み後半も、ちょこちょこ夏を堪能の予定です。
グレープフルーツの変身2 [暮らし]
前回は、ポン酢を作り、これは、もう本当に他では得られない美味しさとなっています。我が家の大切な大切な調味料。
今回は、夏らしくグレープフルーツ酵素ジュースにしてみました。
梅酵素ジュースの時は、梅の皮にたっぷり酵母菌がついていたけれど、今回は皮をむいたグレープフルーツ。頼りになるのは、我が家に住み着いている(と思われる)酵母君たち。
あとは、一日1回かき混ぜて、醗酵するのを待つばかりです。
一般的な作り方では、「素手で混ぜると、手についている常在菌で醗酵する」と言われていますが、まあ、手でかき混ぜなくても、おうち酵母(空気中に漂っている有用菌のこと)でも大丈夫・・・というのが、我が家の経験則。でも今回は、前回作った梅酵素ジュースも、ちょこっと助っ人として混ぜました。
私は、伝聞と自分なりの応用だけでこれまで作ってきましたが、調べてみると酵素ジュースの詳しい作り方は、こちらにも出ていました「手作り酵素(フジヒサ版)」。
これを薄めて飲めば、美味しい酵素ジュース。優しい甘さの中にグレープフルーツの香りと、爽やかな苦味、酸味のある夏の健康ドリンクです。
梅酵素ジュースのところでも書いたように、これをちょこっとお好みのジュースに入れて、数日醗酵させれば、生きている炭酸ジュースになります。
ぶり返してきた暑さと、湿度に私もばて気味ですが、冷房などで、暑さを「屈服」させるのではなく、こうやって自然界の生き物たちと手を取り合って(?)乗り越えられるのが理想だなぁ、と思うのです。









